東京高等裁判所 昭和47年(ネ)227号・昭47年(ネ)243号・昭47年(ネ)235号 判決
主文
一、原判決中控訴人ら関係部分を取り消す。
二、被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一控訴人秀吉及び喜八郎に対する本件土地明渡請求について
請求原因1、2、3及び4の事実については、当事者間に争いがなく、控訴人秀吉及び喜八郎が請求原因2記載の本件土地賃貸借契約の期間満了の翌日たる昭和四三年七月六日被控訴人に対し書面をもつて更新請求をなし、右は翌七日被控訴人に到達したことは被控訴人が明らかに争わないところである(なお上記契約の期間に関する特約は借地法一一条により無効であるとする考え方も成り立たないわけではないが、控訴人らも有効であることを争わないうえ、後記事実認定のとおり、右賃貸借契約は、本来、控訴人秀吉及び喜八郎が昭和初年頃から建物の所有を目的として本件土地を借り受け、右地上に本件建物二、三、四を建築、所有してきたところ、昭和二三年七月頃賃貸期間の更新に際し、被控訴人が更新を拒絶する意思を表示したため紛争となり、その処理方法として、昭和二五年に至り従来の賃貸借契約は一応解消して、新たに基本的には同一内容の賃貸借契約を締結するという形をとつたものであり、その実際は、賃料の値上げ、承諾料の支払等を取り極めたうえで、従来の賃貸借契約の更新を認める合意をしたものと認められるから、請求原因2において、賃貸期間を契約時から遡らせて昭和二三年七月六日から同四三年七月五日までとした特約を、強いて無効であるとするには及ばない。)。
そこで、請求原因5の正当事由の有無につき考察する。
被控訴人が永年氷の製造及び冷蔵倉庫業を営んでいること、近時、商品流通機構の変革に伴い冷蔵倉庫の需要が高まり、その整備拡充に対する社会的・経済的要求が強く、東京都においても、冷蔵倉庫が不足していることについては当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、被控訴人は、本件土地の隣地(同一地番内)に2251.51平方メートル(六八二坪余り)の土地を所有し、同地上に冷蔵倉庫(いずれも平家建)四棟、製氷室一、事務室その他の附属建物を建設し、ここを本拠として氷の製造・販売、冷蔵倉庫業等を営業する株式会社で、昭和四三年七月頃において、資本の総額一億円、従業員数四〇名、年間の利益約一億円、四棟の冷蔵倉庫の収容能力二、五〇〇トンであるほか、東京都港区港南五番三号に八階建の冷蔵倉庫(収容能力一万一、〇〇トン)を有すること、しかしこれら設備のみでは増大する需要に応じ切れず、取引先から強く整備拡充を要望されており被控訴人としても、経営上冷蔵倉庫の増設を急務と感じ、本件土地の明渡を受けることを前提として、本件土地上に五階建の中層ビル(建築面積六四二平方メートル。延べ面積三、二一〇平方メートル)を建設し、ここに効率がよく三、〇〇〇トン余の収容能能力を有する冷蔵倉庫を設備する構想を建て、ほぼその基本計画も完了していること、したがつて、本件土地の一部の明渡を受けたのでは右計画の変更を要し、かつ、設備投資として中途半端なものとなるので望ましくないと考えていること、港区に所有する冷蔵倉庫は、その周辺の需要に応ずるだけで手一杯で、とても、本件土地附近の需要のため流用する余裕がないこと、本件土地は、いわゆる内陸部にあるが、現在は内陸部の方が冷蔵倉庫の設置場所として適しており、利用者の立場からも適切な土地であること、一方、本件建物二、三、四は、建築後四〇年近く経過したもので朽廃とはいえないまでも、老化が相当に進んでいること及び被控訴人は、昭和三七年頃から控訴人秀吉及び喜八郎に対し、冷蔵倉庫増設のため自ら使用することを理由として、本件土地を明け渡すべきことを申し入れ、期間満了の時は本件土地賃貸借契約の更新を拒絶する意思を明示していたことをそれぞれ認定することができ右認定を覆えすに足りる証拠はない。
次に、<証拠>を総合すると、本件土地は被控訴人の所有であるところ、控訴人秀吉及び喜八郎は、昭和初年頃被控訴人からこれを借り受け、秀吉は本件建物二を、喜八郎は同三、四を建築し、右二は貸ガレージ、三、四は各棟五戸宛の二階建貸店舗兼住宅等として賃貸し、右三、四の所有権がその後秀吉に帰してからも、同人は従来通り本件建物二、三、四を貸ガレージ及び貸家等として引続き賃貸してきたものであり、昭和二九年頃本件建物二の一部(69.46平方メートル)につき内外装を居宅向きに改め、台所、便所等水廻りの附帯工事をして控訴人増田五郎雄に賃貸したほかは、建物の構造、使用目的等に変更は加えず、現在も二の一部をガレージとして新藤美術印刷株式会社ほか数社に賃貸し、本件建物三、四のうちその余の部分を控訴人秀吉、喜八郎、岡崎丈夫及び小林堯音を除く控訴人らに対し、各自の占有部分を賃貸して現在にいたつていること、被控訴人は、被控訴人は、昭和二〇年代の初め頃から本件土地の返還を求めるようになり、昭和二三年七月頃、本件土地に関する前記賃貸借契約の期間満了を迎えるに当つて当事者間に紛争が起り、その解決方法として、昭和二五年一二月三一日、被控訴人と控訴人秀吉及び喜八郎間において請求原因1記載のとおりの土地賃貸借契約が結ばれ、秀吉らは、その際権利金として金一五万円を被控訴人に対し支払つたこと、控訴人秀吉は貸ガレージからは時価相当の賃料をとるが、貸店舗及び貸家等については、地代家賃統制令の適用があることでもあり、賃借人の大部分が当初からの賃借権に基づき長年ここを本拠として生活しており、かつ、戦後経済的に恵まれなかつたことに鑑みて、賃料を低額に抑え、その代り建物の手入・修繕等は賃借人の負担とするという方針をとつたこと、建物の老化は、外観上相当に進んでいるが、構造上は朽廃が近いというまでにはいたつていないこと、そして、本件建物三、四の住人の多くは、戦中・戦後の苦しい時をこの住宅のお陰で何とか乗り越え、子女を養育し、生活もほぼ安定し、漸く前途に明るさを見出すようになつてきた矢先であること、控訴人秀吉は、本件土地から昭和四三年度に約三〇〇万円の収入をあげているほか、江東青果株式会社(資本金七、〇〇〇万円)の取締役として他に七〇〇万円の年収をえているが、本件土地を返還すれば、年収総額の四割弱を喪失する計算になること、一方、喜八郎は、資本金二、〇〇〇万円の規模の会社の役員として相当な収入をえており、本件土地の使用ができなくなつても直接打撃を受けないこと、本件土地を含む附近一帯は、昭和四四年一一月東京都によつて発表された江東再開発基本構想において、防災拠点とされる計画が立てられており、右構想が、都市計画法、都市再開発法等に基づき、具体化され、法的拘束力を生ずるにいたるときは、本件土地附近一帯には建物新築の制限や既存建物の収去等が義務付けられ、被控訴人が目的とするような土地の使用が不能となる虞があること、本件土地の隣地で被控訴人が、営業の本拠として使用している土地は、六八二坪もあるのであるから、現在使用中の二階建以下の非能率な建物を逐次改築してゆけば、被控訴人の望む程度の収容能力を有する冷蔵倉庫の建設も困難とはいいえないこと及び本件建物二、三、四には控訴人秀吉、喜八郎、岡崎丈夫及び小林堯音を除く控訴人らが、各自の占有部分を控訴人秀吉からいずれも期間の定めなく賃借し、ここを本拠として生活し、その大部分は本件土地附近の場所的利益に依存しているので、その賃借部分を離れることは生存に対する脅威を意味し、その具体的事情は、別表(三)記載のとおりであることを認定することができ、<る。>
以上の事実関係に基づき、被控訴人が本件土地の使用を必要とする度合い、その緊急性、これを使用しえないことによる不利益と、控訴人らが現状を維持することの必要性、本件土地を使用しえなくなることによる不利益を比較して本件土地賃貸借契約更新に対する異議の正当事由につき考察すると、右正当事由の存在は否定するのが相当であり、理由の要点は次のとおりである。すなわち、被控訴人にとつて本件土地の明渡を受けて、計画中の五階建冷蔵倉庫を建設することは、同人のため望ましいことであり、被控訴人が最少の費用で経営規模を拡大することのできる方法であるに過ぎず、会社存立の安危にかかわる問題ではなく、被控訴人は、営業規模の拡大を望むなら、本件土地の明渡という方法をとらなくても、他に土地を求め、又は現在使用中の土地(本件土地の隣地六八二坪)を効率的に利用することによつても予定する規模の冷蔵倉庫を設備することができる(若し、旧設備の除去、冷蔵倉庫機械の更新等のため費用がかさみ採算がとれないなら、採算がとれる状況になるまで設備投資を見合わせるのが経営の常道であろう。また、被控訴人は、現在使用中の土地に冷蔵庫を新築するとすれば、工事のため一年前以上も休業しなければならないというが、工事の計画、工程の組み方を工夫して漸進的に行えば多少営業に支障は生ずるにせよ、全面的休業までするには及ばないと考えられる。被控訴人は、中・高層の冷蔵倉庫は荷役に無駄な時間・費用がかかると主張するが、冷蔵倉庫の拡充が真に喫緊の社会的要請であり、本件土地以外に設備の拡大を計るべき余地がないのであれば、保管料の値上げが認められるよう関係方面に働きかけ、または、経費の無駄を省く等の経営上の努力により中高層の冷蔵倉庫でも採算がとれるようにすべきであるし、既に被控訴人は八階建ビルによる冷凍倉庫を建設し、稼働させている点に鑑みても被控訴人の右主張が単なる云い遁れに過ぎないことが窺われる。)。そして、もし、被控訴人が本件土地の明渡を受ければ、最近における市街地の地価の異常な値上りによる利益を独占し、以前には予想もしえなかつた莫大な利益を手中に収める一方において、控訴人秀吉は、年間三〇〇万円(年収の四割弱)に及ぶ収入減を来すという重大な問題に直面すること、そして、これらを考え合せただけでも、権衡上、被控訴人の主張する正当事由を肯認するのが相当でないばかりでなく、本件においては、次に記すとおり、仮に本件土地の明渡を受けても、被控訴人には、同人の計画する冷蔵倉庫の建設又はその維持を困難にさせる事情があり、けつきよく、同人が本件土地を自ら使用するという名分は、その拠り所を失う見込みが強いから前記正当事由は、肯認し難いというべきである。
被控訴人が、本件土地を自ら使用することを困難とする事情の第一は、本件建物二、三、四の賃借人らに立退きを求めることの難しさにある。
被控訴人は、控訴人秀吉及び喜八郎に対する本件明渡請求を認容されたとしても、秀吉の本件土地買収請求行使の結果本件建物二、三、四の所有者として、控訴人秀吉、喜八郎、岡崎丈夫及び小林堯音を除く控訴人らの右建物中各占有部分の賃貸人としての地位を承継すべきところ、右控訴人らは、被控訴人が右控訴人らに申し入れた本件建物各占有部分の賃貸借契約解約の申入れの正当事由を争つているので、右正当事由が肯認されるのでなければ、被控訴人は本件建物の明渡しを果すことができず、ひいて本件土地を本件建物を所有するため以外の目的で自ら使用することはできないこととなる。
ところで、前記当事者間に争いない事実、前認定の事実関係を総合して考察するときは(被控訴人が右控訴人らの大半に対して提供を申し出ている別紙(二)記載の立退料を合せ考慮してみても、なお、右控訴人らに存する事情を克服するに足りず)、右解約申入の正当事由をたやすく肯認すべきではないとするのが相当であり、けつきよく、被控訴人が本件土地を自ら使用することが可能になる見込みは極めて稀薄であるといわなければなない。
次に、被控訴人が本件土地を使用してその計画のとおり冷蔵倉庫を建設し、営業の拡大を計る計画の実現が容易でないことの第二は、東京都が発表した江東再開発基本構想において本件土地が防災拠点に予定されていることにある。そして、右構想は未だ単なるプランに過ぎず、将来都市再開発法等に基づき所定の手続を経てはじめて法的拘束力をもつに至るものであり、また、右構想によつて予定されたこと自体その後の手続において変更されることもありうるものであるとはいつても、地震その他の災害時の対策につき世人の関心が高まつている折から、右構想の実施により本件土地上の建物の除去、建築制限又は敷地の買収等を余儀なくされるにいたる公算が大であることは否定できないところであるから、通常の経営者であれば、そのような土地に設備投資をすることは避けると考えられる。したがつて、本件土地を被控訴人が自ら使用する見込みは客観的には極めて少いというべきである。
そうとすれば、本件土地賃貸借契約更新に対する異議の正当事由は益々肯認し難いといわなければならない。また、被控訴人が本件土地賃貸借契約終了のもう一つの原因として主張する、右契約を更新しない旨の合意は、その主張自体、借地法一一条に鑑み無効とすべきであるのみでなく、右合意の事実を認定するに足りる的確な証拠はない。
以上によれば、被控訴人と控訴人秀吉及び喜八郎との本件土地賃貸借契約はその期間満了の際終了することなく同一条件をもつて更新されたものと認められ、そうとすれば被控訴人の契約終了に基づく建物収去土地明渡の請求は、前提を欠くから、その余の点を判断するまでもなく、失当であるといわなければならない。
二その余の控訴人らに対する請求について
原判決事実摘示請求原因1ないし3及び7の事実は、当事者間に争いがなく、控訴人秀吉及び喜八郎が請求原因2記載の土地賃貸借契約において定められた期間が満了する際被控訴人に対し更新請求をしたことは前記認定のおりである。
そして<証拠>によれば、控訴人増田五郎雄は、終戦後、控訴人秀吉から本件建物二の(ロ)部分を期間の定めなく賃借し、初めは現金で賃料を支払つていたが、秀吉の実弟であるところから本件建物二、三、四の管理を委託され、その手数料を前記賃料と同額と定め相殺することとして現在にいたつていること、控訴人鈴木弘康は、昭和四三年六月一〇日以前から本件建物四の(リ)部分を控訴人秀吉から期間の定めなく賃借し、現在にいたつていること、控訴人平山哲郎は、昭和四年頃本件建物三の(ホ)部分を控訴人秀吉から期間の定めなく借り受け現在にいたつていること、本件建物四の(ヲ)部分は、控訴人荒品コウの夫が昭和一五年頃控訴人秀吉から期間の定めなく賃借していたものであつたところ、コウの夫が戦死したので、コウが賃借人の地位を承継して現在にいたつていること、控訴人舟橋さと子の亡定治郎は、昭和四年頃本件建物三の(ハ)部分を控訴人秀吉から期間の定めなく賃借したが、定治郎の死亡に伴い、さと子が賃借人の地位を承継して現在にいたつていること、控訴人中橋彌生の先代大谷アキは、昭和四年頃控訴人秀吉から本件建物四の(ヌ)部分を期間の定めなく賃借したが、アキは昭和四四年一二月一四日死亡したので、相続人中、中橋彌生が賃借人の地位を承継して現在にいたつていること、控訴人野地幸子の亡夫の母とよが、昭和五年頃本件建物三の(ニ)部分を控訴人秀吉から期間の定めなく賃借し、とよの死亡後は賃借人の地位を亡夫が相続により承継したが、亡夫が死亡したことにより幸子が相続により賃借人となり現在にいたつていること、控訴人高橋貞一は、昭和二一年頃本件建物三の(ヘ)部分を秀吉から期間の定めなく借り受け現在にいたつていること、控訴人安藤キミエの亡夫は、昭和八年頃本件建物三の(ト)部分を控訴人秀吉から期間の定めなく借り受け、亡夫が死亡したのでキミエが相続により賃借人の地位を承継して現在にいたつていること、控訴人小林乳業株式会社は、昭和三八年二月二八日控訴人秀吉から本件建物四の(チ)及び(ル)部分を期間の定めなく賃借し、同社はこれを従業員の寄宿舎として使用していたが、控訴人岡崎丈夫は、同社の従業員として同社の指示に基づき右(チ)部分を占有使用し、控訴人小林堯音は、同社の代表取締役小林はつえの息子として同社の許可に基づき前記(ル)部分の二階に居住していることを認定することができ右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ところで、被控訴人の再抗弁中、本件土地賃貸借契約が更新されることなく終了したとの主張に理由のないことは、前記説示により明らかであるから、被控訴人の再抗弁は、その余の点を判断するまでもなく失当であり、採用できない。
そうとすれば、控訴人秀吉及び喜八郎を除く控訴人らは、本件建物二、三、四の各占有部分の使用権原に基づき本件土地中、右各建物部分の敷地を適法に占有する権利を有するというべきであるから、被控訴人の右控訴人らに対する本件各土地部分明渡請求は、いずれも失当であるといわなければならない。
三被控訴人の当審における新たな請求(第二次的請求)は、本件土地賃貸借契約更新に対する異議に正当事由があつて賃貸借が終了したと認められ、控訴人秀吉の行使した買収請求権の行使により本件建物二、三、四の所有権が被控訴人に移転したことを前提とするものであるから、前記説示のとおり、前提要件が充されない以上、その理由の有無を判断する必要がない。また、被控訴人は、控訴人秀吉及び喜八郎に対し、本件土地の明渡を求める請求においては、あくまで本件土地全部の明渡を求める趣旨であり、予備的にその一部の明渡をも併せ求めるという請求を含まないことは、同人の攻撃防禦方法の提出の態度及びその意味内容等弁論の全趣旨によつて明らかであるから、本件土地の一部明渡の理由の有無につき判断しない。
四以上の次第で、被控訴人の控訴人らに対する本件請求はいずれも理由がなく、棄却すべきであり、これと趣を異にする原判決は、取消を免れない。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九六条及び八九条を適用して主文のとおり判決する。
(吉岡進 兼子徹夫 太田豊)